南大隅町立 大泊小学校跡|本土最南端だった小学校を訪ねて

鹿児島県南大隅町、佐多岬へ向かう途中にある「南大隅町立 大泊小学校跡」へ寄ってみました。

大泊小学校は、かつて佐多岬を校区に含んでいた小学校で、1880年(明治13年)に創立。

1941年(昭和16年)に大泊国民学校、1947年(昭和22年)に佐多町立大泊小学校、2005年(平成17年)の町村合併後は南大隅町立大泊小学校となっています。

2013年(平成25年)、佐多地区の小学校再編により佐多小学校へ統合され、閉校。

133年の歴史を持ち、現役時代は「九州本土最南端の小学校」だったそうです。

訪れたのは閉校から8年後となる2021年です。

ちょっと変わった円筒形の校舎

校門から見た大泊小学校の校舎。
校門から見えた大泊小学校の校舎。

正面には円筒形をした、ちょっと変わった形のエントランスがあります。

灯台を思わせるような形で、南の海辺にある学校らしい雰囲気もあります。

ただ、校門は閉まっていたため、今回は中へ入らず外から見学。

閉校から8年が経っていますが、校舎はまだしっかり残っていました。

校門横には閉校記念碑

大泊小学校の閉校記念碑

校門の横には、大泊小学校の閉校記念碑が建っています。

その隣には南国らしくソテツが茂っていて、いかにも佐多らしい風景。

133年続いた学校だけに、この場所には長い歴史があるんだなと感じます。

大泊小学校では、閉校に向けて記念誌の発行や記念手形、航空写真の撮影など、さまざまな記念事業が行われ、閉校記念碑も建立されました。

閉校後の校庭

大泊小学校跡の芝生敷きの校庭
大泊小学校の芝生敷きの校庭

閉校から8年も経っているので、もっと草が伸びて荒れているのかと思っていたのですが、意外にもそんな感じはなく、芝生がきちんと手入れされているようにも見えます。

現在もなにかに利用されているのか、それとも定期的に管理されているのか。

このときは校門が閉まっていたこともあり、実際にどのように使われている場所なのかまでは分かりませんでした。

僻地にある学校跡では、閉校後に地域のコミュニティ施設などとして利用されているケースもあります。

大泊小学校についても、何か別の用途で使われているのかも知れません。

第一村人発見!…ん?

ベンチに座って海を見つめる3体の案山子

大泊小学校跡を後にして佐多岬方面へ。

この先には佐多岬ロードパークへ続く道があります。

この辺りまで来ると、さすがに人の姿もほとんど見かけません。

そんな中、通学路だったと思われる道沿いに海を眺められるベンチがありました。

そのベンチには、3人のお年寄りが寄り添うように座って海を眺めています。

「のどかだなぁ」

と思いながら横を通り過ぎたのですが……

よく見ると、案山子でした(笑)。

遠目から見ると本当に人間にしか見えない。

3人でベンチに並んで、黙って海を眺めている姿が妙にリアルです。

誰かがこの場所に置いたものなのでしょうが、何も知らずに通ったら普通に人が休憩していると思ってしまいます。

佐多岬へ向かう途中で、まさか案山子に驚かされるとは(笑)。

大泊小学校跡

海に囲まれたような南の土地ならではの環境を生かし、現役時代には海に関する学習も盛んに行われていたそうです。

2005年からは「水に賢い子供を育む年間活動型プログラム」、いわゆる「水プロ」にも取り組み、カヌーやヨット、スノーケリングなどの活動も行われていました。

今回は校門が閉まっていたので校舎の中を見ることはできませんでしたが、校門や閉校記念碑、そしてきれいに保たれた芝生の校庭を見ることができました。

僻地の廃校ではありますが、アクセスは容易なので佐多岬に行くついでにちょっと寄ってみるのもいいかも知れません。

訪問日:2021年10月

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