鹿児島市の甲突川沿い、ハートピアかごしまの駐車場の片隅に、ひっそりと石碑が建っています。
刻まれているのは「玉江小学校跡」の文字。
現在の玉江小学校は別の場所にあるため、ここはかつて玉江小学校があった場所。
今では学校らしいものは何も残っていませんが、駐車場の隅にある一基の記念碑が、ここに小学校があったことを伝えています。
玉江小学校の歴史

現在の玉江小学校の前身は、明治11年(1878年)に下伊敷で開校した「大平小学校」。
その後、校名を何度か変更し、位置も移りながら発展してきました。現在の玉江小学校公式サイトによると、かつては甲突川の対岸にある現在のハートピアかごしま付近に学校がありました。
そして昭和36年(1961年)4月、現在の下伊敷一丁目に移転。
つまり、この場所に残る石碑は、昭和36年までここにあった旧玉江小学校の歴史を伝えるものということになります。
明治から昭和にかけて長く地域の子どもたちが通った学校が移転し、現在ではその跡地もすっかり姿を変えています。
記念碑だけが残る旧校地

記念碑の裏側には文字が刻まれていて、「昭和三十四……」と読むことができます。
ただ、その後の部分はかなり擦れており、判読できませんでした。
学校が現在地へ移転したのは昭和36年なので、この記念碑は移転の少し前に建立されたものなのか、それとも別の記念として建てられたものなのか。
いずれにしても、現在の玉江小学校へ移転する前の歴史を伝える貴重な碑であることには変わりありません。
跡地に建つハートピアかごしま

かつて玉江小学校があった場所には、現在は「ハートピアかごしま」が建っています。
障害者や難病患者の保健福祉などに関する施設で、現在の跡地は学校とはまったく違う場所へと姿を変えています。
駐車場の片隅に残る記念碑を見なければ、ここに小学校があったとはなかなか気付きません。
何も残っていないようで、記念碑が残っていた。
現在の玉江小学校は、旧校地から甲突川を挟んだ現在地へ移転しています。
公式サイトにも、現在地へ移る前は「ハートピアかごしまの位置にあった」と記されています。
学校そのものはなくなり、校舎も校門も残っていません。
それでも、駐車場の隅にポツンと残る「玉江小学校跡」の石碑を見ることで、ここがかつて学校だったことを知ることができます。
こういう「現在は何もないけれど、石碑だけが残っている跡地」は、街歩きで見つけるとちょっと嬉しくなる場所。
何気なく見つけた記念碑で、玉江小学校の古い歴史に触れることができました。
訪問日:2022年2月


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