南国の雰囲気が漂う島泊小中学校跡を見てきた

鹿児島県南大隅町佐多伊座敷にある、島泊小学校・島泊中学校跡へ行ってみました。

島泊小学校は1982年(昭和57年)に佐多小学校へ、島泊中学校は1979年(昭和54年)に佐多中学校へ統合されています。

現在の場所には島泊体育館が残されており、町の施設として現在も利用されています。

また、南大隅町の資料では、この場所は「旧島泊小中学校跡地」とされ、昭和33年(1958年)3月築の鉄筋コンクリート造の建物も記録されています。

そんな島泊小中学校跡、ちょっと気になったので寄ってみました。

島泊小学校・島泊中学校とは

島泊小学校と島泊中学校は、旧佐多町の島泊地区にあった学校です。

佐多町の沿革資料によると、1979年に島泊中学校が佐多中学校へ統合。

その3年後の1982年には島泊小学校も佐多小学校へ統合されています。

現在の南大隅町は、当時の佐多町と根占町が2005年に合併してできた町です。

小学校と中学校は別々のタイミングで閉校となりましたが、跡地は現在も「旧島泊小中学校跡地」として残っています。

芝生のグラウンドに残る島泊体育館

芝生のグラウンドと、その中に建つ島泊体育館。
島泊体育館

学校がなくなった後も体育館は残され、現在も南大隅町の社会体育施設として利用されています。

学校跡地というと、校舎も体育館もすべて朽ちてしまった場所を想像してしまいますが、ここでは体育館が現役の施設として残っています。

島泊体育館正面、体育館っぽくない外見
体育館っぽくない外見

体育館の正面。

周囲は海と山に囲まれていて、佐多らしい自然の中に体育館がポツンと建っている感じです。

島泊小学校・中学校の閉校記念碑

佐多町立 島泊小学校跡、島泊中学校跡と刻まれた閉校記念碑

閉校記念碑には校章とともに、

「佐多町立 島泊中学校跡」
「島泊小学校跡」

と刻まれています。

さらに沿革も刻まれていて、ここが小学校だけではなく、小学校と中学校の跡地だったことがよく分かります。

島泊中学校が閉校したのは1979年、島泊小学校が閉校したのは1982年。

現在から考えると、結構前に学校としての役目を終えた場所です。

二宮金次郎像と南国らしい風景

蘇鉄をバックに立つ二宮金次郎像

そして学校跡地らしいものがもう一つ。

蘇鉄をバックに立つ二宮金次郎像です。

二宮金次郎像自体は学校跡地では珍しくありませんが、背後に蘇鉄があると、なんだか一気に南国感が増す不思議(笑)。

体育館の奥に校舎らしき建物が……

体育館の向かい、山を背にした場所に校舎跡らしき建物

閉校記念碑や体育館を撮影して、これで終わりかなと思っていたところ。

体育館の向かい、山を背にした場所に校舎らしき建物が見えました。

んん?

事前に調べた情報では、閉校時の木造校舎は解体されたような話だったので、てっきり校舎は残っていないものだと思っていました。

ところが、実際に現地へ来てみると、明らかに学校を思わせる建物が残っています。

近づいてみると、やっぱり学校っぽい

校舎跡らしき建物の正面
どう見ても校舎跡

気になったので、もう少し近くまで行ってみました。

正面から見ると、やはり普通の倉庫や民家という感じではありません。

そして、建物の目立つところには大きな時計が掲げられています。

校舎跡らしき建物の正面入口、鉄の扉があり、鎖で施錠されている
工場にリノベーションされた?

入口には鉄の扉があり、鎖で施錠されています。

当たり前ですが、中に入ることはできません。

閉校してから時間が経っていることもあり、外観はかなりくたびれた感じで、お化け屋敷の舞台になりそうな雰囲気もあります。

校舎?それとも別の施設?

壁面に蔦が生い茂ってる校舎跡らしき建物
蔦の感じが素晴らしい!

よく見てみると、ちょっと気になるものが。

壁には蔦がかなり生い茂っています。

一方で、よく見ると学校建築としては少し変わった部分もあります。

窓だったと思われる場所が板やトタンなどで塞がれていたり、換気口のようなものが付いていたりします。

側面は、補強されて板張りがしてある校舎跡らしき建物、換気口が設置されている箇所もあり
側面は、補強されて板張りがしてある。

もしかすると、学校として使われなくなった後に何らかの施設として利用され、その後使われなくなった建物なのかもしれません。

ただ、今回確認した範囲では、この建物が具体的に何に使われていたのかまでは分かりませんでした。

南大隅町の施設資料には「旧島泊小中学校跡地」として鉄筋コンクリート造・昭和33年(1958年)築の建物が記載されているので、少なくとも跡地には学校時代の建物が残されていることは確認できます。

実際に見てみると、単純に「校舎は解体されて何も残っていない学校跡」という場所ではなかったです。

事前の調べで分からなかったもの

今回、島泊小中学校跡を訪れて面白かったのが、この建物でした。

閉校記念碑と体育館だけが残っている場所だと思って訪れたら、体育館の奥向かいに校舎らしき建物を発見。

しかも近づいてみると、時計があったり、学校のような造りだったりする一方で、工場のようなダクトもあったりして、なんとも気になる建物。

学校跡を調べていると、ネット上の情報だけでは「校舎解体」「跡地」となっていることもありますが、実際に現地へ行ってみると、こうした「何だこれ?」という発見があるのが面白いところ。

島泊小中学校跡も、まさにそんな場所でした。

学校としての役目を終えてから長い年月が経った今も、体育館や閉校記念碑、そして正体の気になる建物が残っています。

佐多の山に囲まれた芝生のグラウンドと、蘇鉄の向こうに立つ二宮金次郎像。

南国らしい風景の中に残る、島泊小中学校跡でした。

訪問日:2021年10月

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