佐多岬の先に残る灯台守の官舎跡へ行ってみた

鹿児島県南大隅町、佐多岬にある佐多岬灯台守の官舎跡地へ行ってきました。

佐多岬といえば本土最南端の展望台が有名ですが、実は展望台よりさらに先にも、かつて灯台守が暮らしていた場所があります。

佐多岬灯台があるのは沖合にある小島の大輪島。

一般の人が大輪島へ渡ることはできませんが、かつては本土側から灯台までゴンドラが設けられていました。

その灯台を守っていた人たちが暮らしていたのが、ここに残る官舎です。

佐多岬灯台守の官舎とは

佐多岬灯台は1871年(明治4年)に完成した、日本最古の西洋式灯台の一つです。

イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計・指導によって建設されました。

その灯台と一緒に造られたのが、灯台守の官舎でした。

官舎は石造りの平屋建てで、面積は約70㎡。

当時は日本人家族とイギリス人家族が別々に暮らしていたとされています。

周囲には深い森林と断崖、そして海。

今でこそ佐多岬は観光地になっていますが、当時ここで灯台を守りながら暮らすというのは、かなり辺鄙な場所での生活で、しんどかったと思います。

現在は建物そのものは残っていませんが、石壁などの遺構を見ることができます。

官舎跡地へ

佐多岬灯台守の官舎跡地の写真付き解説板
官舎跡地の解説板、写真付きで読み応えあり

ここが、かつて佐多岬灯台の灯台守たちが暮らしていた場所です。

佐多岬灯台は沖合の大輪島にあるので、灯台守はここから海を渡って灯台へ向かっていたことになります。

現在は大輪島への一般の立ち入りはできません。

石造りの官舎跡

石のブロックが積まれた官舎跡遺構
石造りの建物

官舎跡には、石を積んで造られた遺構が残っています。

建物はなくなっていますが、こうして石の壁などが残っているので、ここに何か建物があったことが分かります。

石造りの枠だけが残る遺構

こちらは石造りの枠のような部分。

かつての建物の形をなんとなく想像できます。

石壁に残る窓枠跡

よく見ると石壁には窓枠だったと思われる跡も残っています。

ただの石垣というより、ちゃんと「建物の跡」だと分かるところが面白いです。

山側にも残る石壁

官舎跡の山側

山側へ回ってみると、藪の中にも石壁が続いています。

山側の石壁

現在は木々や草に囲まれていますが、かつてここで灯台守やその家族が生活していたと思うと、なかなか感慨深いものがあります。

佐多岬灯台は1945年の戦時中の攻撃で破壊され、その後1950年にコンクリート造で再建されています。

この官舎跡には当時の石造りの遺構が残されています。

「燈臺局所轄地」の石柱

「燈臺局所轄地」と刻まれた石柱
「燈臺局所轄地」と刻まれた石柱

そして、官舎跡で気になったのがこれ。

「燈臺局所轄地」

と刻まれた石柱です。

「燈臺」は現在でいう「灯台」。

ここが灯台関係の施設・土地であることを示す石柱だったのでしょうか。

ただ、この石柱がいつ頃設置されたものなのかは、はっきり分かりませんでした。

佐多岬灯台そのものは明治4年、1871年に完成しているので、もしかするとかなり古いものなのでは……と想像しています。

こういう、年代の分からない古い石柱が残っているのも遺構巡りの面白いところです。

風呂跡らしきものも?

官舎跡に残る風呂跡らしき遺構
風呂跡?

こちらは風呂跡でしょうか。

はっきりと断定はできませんが、建物の中にあった生活設備の跡なのかもしれません。

灯台守は灯台だけを管理していたわけではなく、ここで生活もしていました。

そう考えると、こうした生活の痕跡らしきものが残っているのも興味深いです。

ここまで来る人は少ない?

佐多岬の遊歩道は、亜熱帯植物が生い茂る独特の道。

御崎神社や佐多岬展望台が主な目的地になるため、多くの人はそちらへ向かうと思います。

でも、その先にもこんな遺構が残っています。

官舎跡と「関係者以外立ち入り禁止」の立て札
立入禁止!ダメ。ゼッタイ!

現在は一部に「関係者以外立ち入り禁止」の表示もあります。

遺構を見る場合も、立入禁止区域には入らず、見学できる範囲から眺めることになります。

自分が訪れたときは、ほかに人と会うこともありませんでした。

アクセスが少し面倒なこともあって、知る人ぞ知るスポットになっているのかもしれません(笑)

佐多岬らしいガジュマル

立派なガジュマル
支柱根がグニョグニョに絡み合うガジュマル

ここへ来る途中にも佐多岬らしい立派なガジュマルの木がありました。

支柱根が何本も絡み合い、まるで何本もの木が一つになったような姿になっています。

佐多岬周辺はソテツやガジュマルなどの亜熱帯植物が多く、普通の史跡巡りとはまた違った雰囲気。

石造りの灯台守官舎跡と、南国の植物が一緒に見られるのも、この場所ならではだと思います。

本土最南端の「その先」に残る灯台守の暮らし

佐多岬灯台守の官舎跡は、派手な観光スポットではありません。

残っているのも石壁や石組みなど、建物の一部だけ。

それでも、1871年に造られた佐多岬灯台とともに、灯台を守っていた人たちの暮らしを今に伝える場所です。

かつては灯台へ向かうゴンドラもここから伸びていました。

今では大輪島へ渡ることはできませんが、灯台守が暮らしていた場所までなら歩いて行くことができます。

佐多岬展望台を見て帰るだけではなく、さらにその先まで歩いてみると、こんな歴史の跡が残っていました。

本土最南端の岬の、そのさらに先。

南国の森の中にひっそり残る、佐多岬灯台守の官舎跡地でした。

訪問日:2021年10月

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