【鹿児島】永田川の堤防に残る波之平刀匠 清見寺遺跡

鹿児島市谷山を流れる永田川。

その川沿いの堤防に、ひっそりと一つの石碑が残っています。

「波之平刀匠 清見寺遺跡」。

今回訪れたのは、薩摩を代表する刀工・波之平ゆかりの場所です。

波之平刀匠については、以前訪れた「波之平刀匠遺跡」や「波之平刀匠 笹貫井戸」でも紹介しましたが、今回はそこから少し離れた場所に残る、もう一つの波之平ゆかりの史跡です。

永田川の堤防にひっそりと残る石碑

波之平刀匠 清見寺遺跡の石碑
波之平刀匠 清見寺遺跡の石碑

石碑があるのは、谷山を流れる永田川沿いの堤防。

川沿いを歩いていると、堤防の脇にぽつんと石碑が建っています。

周囲に案内施設などはなく、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな場所です。

石碑には、

「波之平刀匠 清見寺遺跡」

と刻まれています。

現在、ここに残っているのは基本的にこの石碑だけ。

建物や鍛冶場、井戸など、波之平刀匠の屋敷跡だったことを直接示すような遺構が残っているわけではありません。

それでも、この場所が波平本家ゆかりの地として、現在まで石碑によって伝えられています。

石碑の裏側には何が?

波之平刀匠 清見寺遺跡の石碑の裏側
石碑の裏側

石碑の裏側にも何か文字が刻まれているようです。

しかし、石碑は堤防の斜面側にあり、背後には藪も茂っています。

近づいて確認するのはなかなか難しく、今回は詳しく読むことができませんでした。

後から調べてみると、この石碑は昭和15年(1940年)に建立されたもので、裏面には「皇紀二千六百年記念 谷山町史蹟顕彰会」と刻まれていることが鹿児島市史に記録されています。

つまり、かなり昔からこの場所が「波平刀匠ゆかりの史跡」として顕彰されていたことが分かります。

波之平刀匠とは?

波之平(波平・波ノ平とも表記)は、薩摩を代表する刀工の一派です。

鹿児島市の資料によると、初代とされる橋口正国は大和国(現在の奈良県)から薩摩へ入り、永延年間(987~989年)頃に谷山の波之平の地に住み、刀剣づくりを始めたと伝えられています。

谷山のこの地域は、刀鍛冶に必要な砂鉄・木炭・水に恵まれていたことから、作刀に適した土地だったとされています。

波之平刀匠はその後、明治初期まで約900年、64代にわたって続いたと伝えられています。

また、「波平」という名前についても有名な伝説があります。

初代の正国が船で京へ向かう途中、嵐に遭遇。

そこで自ら作った刀を海に投じて神に祈ったところ、荒れていた波がたちまち静まったことから「波平」と名乗るようになった――というものです。

史実と伝承が入り混じりながら、長い歴史を持つ刀工集団として現在まで名前が残っています。

「清見寺」とは?

では、この石碑に刻まれた「清見寺」とは何なのでしょうか。

現在、この周辺に「清見寺」という寺院があるわけではありません。

実は「清見寺」は、この一帯にあった小字名で、そこにかつて存在した寺の名前に由来するとされています。

そして、この場所は波平本家の屋敷があった場所と伝えられています。

波平本家は、もともとの波之平の地から約1kmほど南にある永田川沿いへ移り住んだとされ、その屋敷があった場所が現在「清見寺遺跡」として石碑で示されているわけです。

つまり「清見寺遺跡」という名前から、

「ここに清見寺という寺院の跡があるのかな?」

と思ってしまいますが、そういうわけではありません。

波平本家の屋敷跡としての「清見寺遺跡」

と考えると分かりやすい場所です。

かつては屋敷だけでなく鍛冶場も?

さらに興味深いのが、ここには波平本家の住居だけでなく、鍛冶場もあったとされていること。

古い資料を紹介した記録によると、かつて周辺の田んぼを探せば、刀鍛冶に使われたものと思われる「真赤にさびた鉄塊」を見つけることができたともいわれています。

もちろん、現在は周辺の景観も大きく変わっています。

かつて田んぼだった場所も住宅地や市街地となり、当時の面影を探すのは難しくなっています。

今では、かつて波平本家が暮らし、刀を鍛えたとされる場所を示す石碑だけが残っています。

波之平ゆかりの史跡を巡る

今回の「清見寺遺跡」は、以前訪れた波之平刀匠遺跡や笹貫井戸と合わせて見ると、より面白い場所です。

波之平刀匠遺跡には刀鍛冶に使われたと伝わる井戸が残り、笹貫井戸には名刀「笹貫」にまつわる伝承が残っています。

そして、この清見寺遺跡は波平本家の屋敷があったとされる場所。

現在ではどれも住宅地や堤防の一角にひっそりと残されていますが、かつてこの谷山の地で長く続いた波平刀匠の歴史を、それぞれ違った形で伝えています。

永田川沿いに残る小さな史跡

現在、清見寺遺跡に残っているのは石碑だけ。

観光地らしい施設があるわけでもなく、立派な建物が残っているわけでもありません。

それでも、永田川沿いの堤防に立つこの小さな石碑から、

「ここにはかつて波平本家の屋敷があった」

「そして、この谷山の地で長い間、刀が鍛えられていた」

という歴史を知ることができます。

波之平刀匠の歴史をたどっていくと、住宅地の片隅や川沿いに、こうした小さな痕跡がいくつも残っているのが面白いところ。

今回は、そんな波之平刀匠ゆかりの場所の一つ、永田川沿いにひっそりと残る「波之平刀匠 清見寺遺跡」を訪ねてきました。

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