【鹿児島】あの駄菓子屋はもうない――子どもの頃の記憶を訪ねて

史跡巡りをしていて、昔住んでいた場所の近くまで来ました。

そこでふと思った。

「あの駄菓子屋、どうなってるんだろう?」

小学生の頃にあった、近所の小さな駄菓子屋。

せっかくなので、ノスタルジーも手伝って久しぶりに訪れてみることにしました。

小学生の頃にあった駄菓子屋

昔住んでいた町に、子どもの頃に行っていた駄菓子屋がありました。

木造平屋の小さな家で、当時からヨボヨボのおばあさんが店番をしていました。

駄菓子を買ったり、店の前を通ったり。

ものすごく頻繁に通っていたわけでもありません。

おばあさんの顔も、今となってはもう思い出せません。

それでも「ここに駄菓子屋があった」という記憶だけは、なぜか残っています。

そんな場所を、何十年ぶりかに訪ねてみました。

久しぶりに来たら、廃屋になっていた

かつて駄菓子屋だった木造平屋の家屋。
かつて駄菓子屋だった木造平屋の家屋。

2022年2月。

久しぶりに訪れた駄菓子屋は、もう営業していませんでした。

というより、完全に廃屋になっていました。

木造平屋の建物は倒壊こそしていないものの、外壁などはかなり傷み、長い間使われていないことが一目で分かります。

子どもの頃には、ここがお店だった。

そう思って見ても、今の姿からは当時の駄菓子屋の雰囲気を想像するのは難しい状態です。

かつて駄菓子やだった廃屋の裏側。
廃屋の裏側

裏側に回ってみると、すっかり藪に覆われていました。

建物そのものはまだ残っているものの、人の手が入らなくなった場所が少しずつ自然に飲み込まれていくような感じです。

隙間から見えた店内

かつて駄菓子だった廃屋の隙間から見えた室内
廃屋の隙間から見えた室内

建物の隙間から中を覗いてみると、薄暗い室内が見えました。

壁は剥がれ、天井も垂れ下がっています。

長年使われていない建物らしく、カビ臭さも感じました。

かつてここには駄菓子が並び、子どもたちが出入りしていたはず。

そう考えると、現在の静かな廃屋とのギャップがちょっと不思議です。

藪の中に残されたテレビ

廃屋の横、藪の中に置かれたブラウン管テレビ。
廃屋の藪の中に置かれたブラウン管テレビ。

廃屋の横には、藪の中にブラウン管テレビが置かれていました。

このテレビがかつての家にあったものなのか、それとも後から誰かが捨てたものなのかは分かりません。

ただ、古い木造家屋とブラウン管テレビという組み合わせが、なんとなく昭和の風景を感じさせます。

壁に残っていた壁掛け時計

廃屋を見ていて、気になったものがありました。

建物の壁にある、壁掛け時計です。

「なんでこんなところに時計が?」

と、思い考えてると、すぐ目の前にバス停があるのに気づきました。

多分だけど、この時計はバスを待つ人が時間を確認できるように掛けられたもの、だったようです。

駄菓子屋を閉めるときに、もう使わないからとバスを待つ人のために時計を残したのか。

それとも、誰かが善意で掛けたものなのか。

その経緯は分かりません。

でも、人がいなくなった店の壁に時計だけが残り、目の前のバス停を利用する人のために時を刻んでいたと思うと、なんだか面白い光景でした。

そして4年後

かつて駄菓子屋があった場所。2026年撮影。
かつて駄菓子屋があった場所。2026年撮影。

それから4年後の2026年。

再びこの近くを訪れる機会がありました。

「そういえば、あの駄菓子屋はどうなったかな?」

と思い、前を通った時みてみると、

そこにあった廃屋無くなってました。

建物は解体され、更地になった後、現在は個人住宅が建っています。

※個人宅のため、プライバシーに配慮して一部ぼかしを入れています。

今回は車で通り過ぎながら撮影しただけですが、2022年に見た廃屋がなくなっていることを確認できました。

そして、もうひとつ変わっていたのがバス停。

2026年には、駄菓子屋だった廃屋の目の前にあったバス停もなくなっていました。

駄菓子屋がなくなり、廃屋もなくなり、バス停もなくなった。

昔知っていた景色が、すっかり別のものになっていました。

「懐かしい」というより、不思議な感じ

今回、久しぶりに駄菓子屋跡を訪れてみて、ものすごく寂しかったとか、悲しかったというわけではありません。

そもそも、小学生の頃に何度も何度も通ったような店でもありません。

店番をしていたおばあさんの顔だって、もう思い出せません。

それでも、自分の記憶の中には確かに「ここに駄菓子屋があったよなぁ」というものが残っています。

その場所を何十年かぶりに訪れてみたら廃屋になっていて、さらに4年後にはその廃屋すらなくなっていた。

そして、いつの間にかバス停までなくなっている。

なんというか、寂しいというより「不思議な感じ」がしました。

自分の中では子どもの頃の風景として残っているのに、現実の町は少しずつ変わっていく。

当たり前のことですが、実際に昔知っている場所でそれを見ると、時間が経ったことを実感します。

もう、ここに駄菓子屋があったことを知らない人には、何の変哲もない住宅地です。

でも、自分の記憶の中には、小学生の頃にここで駄菓子を買ったという小さな記憶が残っています。

大切な思い出というほどでもない。

けれど、確かに覚えている。

そんな場所がなくなっていくのを見るのも、昔住んでいた町を訪ねる楽しみのひとつなのかもしれません。

訪問日:2022年2月、2026年5月

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