「旧旧電車通り」って何?――鹿児島市草牟田に残る市電の痕跡を見てきた

鹿児島市草牟田を散策していると、小さな公園を見つけました。

「草牟田ちびっこ広場」という名前の、こぢんまりとした公園です。

せっかくなのでちょっと立ち寄ってみると、フェンスに気になる表示板がありました。

そこに書かれていたのが……

「旧旧電車通り」

でした。

旧旧?

「旧電車通り」ならまだ分かりますが、「旧旧」とは一体どういうことなのか。

気になったので、表示板を見てみることにしました。

草牟田ちびっこ広場と「旧旧電車通り」

旧旧電車通りの表示板のある、草牟田ちびっこ広場。
草牟田ちびっこ広場。

鹿児島市には、地域の子どもたちが安全に遊べる場所として「ちびっこ広場」が設置されています。

この草牟田ちびっこ広場もその一つで、現在も小さな公園として利用されています。

そんな普通の小さな公園なのですが、フェンスに取り付けられた表示板を見てみると、ここがかつての鹿児島市電と関係する場所だということが分かります。

草牟田ちびっこ広場前の道路。
草牟田ちびっこ広場前の道路。

公園の前を通る道路を眺めてみると、言われてみれば少し気になる線形。

現在は普通の道路ですが、ここを昔の電車が走っていたと思うと、ちょっと違った景色に見えてきます。

なぜ「旧旧電車通り」なのか?

草牟田周辺には、かつて鹿児島市電の伊敷線が走っていました。

伊敷線は加治屋町から伊敷方面へ向かう路線で、1918年(大正7年)に開業。

その後、伊敷線の一部ではルート変更が行われ、1952年(昭和27年)には新しい線路へ移設されています。

つまり、現在から見ると、

現在の道路

↓

旧伊敷線のルート

↓

さらにその前の古いルート

というように、過去のルートが重なっている場所があるわけです。

そこで登場するのが「旧旧電車通り」。

今回の表示板は、このさらに古い市電のルートを示しているようです。

「旧」だけでも昔なのに、さらにもう一つ「旧」が付く。

なんとも鹿児島らしいというか、廃線跡を追いかける人には妙に気になる名前です。

昭和27年の草牟田の風景

「旧旧電車通り」の表示板に掲載されている昭和27年当時の写真。
昭和27年頃の中草牟田付近

表示板には、昭和27年(1952年)2月の中草牟田付近とされる写真も掲載されています。

写真を見ると、木造の民家が並ぶ道路の横を路面電車が走っています。

現在の草牟田の風景からは想像しにくい光景です。

今では道路を車が走り、住宅や建物が並んでいますが、かつてはここを路面電車がゴトゴト走っていた。

そう考えると、何気ない道路にも歴史を感じます。

しかも昭和27年2月という具体的な年月が記されているので、写真に写る風景が、この場所の昔の姿を知る貴重な資料になっています。

草牟田の道路は、昔の線路跡?

実際に旧伊敷線をたどってみると、草牟田周辺ではかつての線路の線形が現在の道路と重なっている場所があります。

旧草牟田電停から旧中草牟田電停の間では宅地化によって線路跡が分かりにくくなっていますが、その途中にある公園付近では、旧線と現在の道路の線形が重なる場所があるとされています。

そのため、今回歩いた草牟田ちびっこ広場前の道路も、昔の市電を意識して見てみると、なんとなく「ここを電車が走っていたのかな?」と思えてきます。

もちろん、現在の道路がそのまま線路だったとすべて断定できるわけではありません。

でも、現地の案内板が「旧旧電車通り」と伝えていることを考えると、この周辺が昔の市電の歴史を感じられる場所であることは間違いなさそうです。

ここは電停跡だった?

そして、個人的にもう一つ気になったことがあります。

この草牟田ちびっこ広場。

もしかして、昔の電停跡だったりするのかな?と、

表示板には中草牟田付近の路面電車の写真が掲載されていますし、旧伊敷線をたどった記録では、この周辺に旧・中草牟田電停があったとされています。

ただ、今回確認した資料だけでは、現在の草牟田ちびっこ広場そのものが旧中草牟田電停の跡地だと断定できる資料は見つけられませんでした。

なので、ここは「電停跡だったのかも?」という疑問を残しておきたいと思います。

こういう「もしかしてここ?」という場所を、古い地図や写真と現在の風景を見比べながら探していくのも、廃線跡巡りの面白いところです。

「旧旧電車通り」を歩いてみる

現在は小さな公園と普通の道路。

そこだけを見ると、ここに路面電車が走っていたとはなかなか思えません。

でも、フェンスに取り付けられた「旧旧電車通り」の表示板と、昭和27年の写真を見ると、この場所の見え方が一気に変わります。

昔は木造の家々の横を路面電車が走り、草牟田の街を電車が行き交っていた。

その後、路線が移設され、さらに市電そのものも廃止され、現在は普通の道路になっています。

それでも、こうして案内板が設置されていることで、かつての線路の存在を知ることができます。

「旧旧電車通り」という名前も、最初は「なんで旧が二つ?」と思いましたが、調べてみると、過去の路線変更が重なったことで生まれた呼び方だったようです。

何気なく立ち寄った小さな公園でしたが、まさか昔の鹿児島市電の歴史につながっているとは思いませんでした。

今回は、鹿児島市草牟田の草牟田ちびっこ広場に残る「旧旧電車通り」の表示板を見て、かつての鹿児島市電の痕跡をたどってみました。

訪問日:2022年2月

コメント