鹿児島県日置市吹上町中之里。
この集落を訪れたとき、気になるものを見つけました。
「ドルメン」と書かれた解説板です。
ドルメンといえば、なんとなく海外の遺跡を思い浮かべますが、鹿児島にもあるらしい。
これは見てみたい。
ということで、まずは解説板を読んでみました。

説明によると、前方にある丸い大きな石は、北九州などに見られる「支石墓(しせきぼ)」で、別名をドルメンというそうです。
弥生時代前期、約2,000年前のものとされています。
大きな石を3個の石で支えているのが特徴。
いわゆる「石のテーブル」のような形をした墓です。
ちなみに「ドルメン」は当て字ではなく、英語などでも使われる考古学用語。
日本では「支石墓」と呼ばれます。
つまり、ここにあるのは昔の人のお墓ということになります。
さらに解説板には、このドルメンについて興味深いことが書かれていました。
先年、この付近で地下げ工事を行った際、近くにあったいくつかのドルメンをここへ集めて祭ったのだそうです。
そして現在では、土地の氏神として大切に祭られているとのこと。
周辺には、ほかにもドルメンが残っている場所があり、町内の下中里にある「白寿遺跡」と、垰野下の山頂にも残っているそうです。
なるほど。
これは見ておきたい。
看板を見つけたので、その周辺を探してみました。
……が。
見つからない。
看板の裏側はというと、

藪です(笑)。
ドルメン本体がどこにあるのか分かりません。
看板のすぐ近くにあるのか、それとも藪の中に埋もれているのか。
あるいは、現在は別の場所に移されたのか。
結局、今回の訪問ではドルメンそのものを確認することができませんでした。
後から調べてみると、以前ここを訪れた人の記録には、比較的大きな丸石があるようなので、完全になくなったというわけではなさそうです。
ただ、現在の状態についてはよく分かりません。
それにしても、約2,000年前の墓が集落の中に残っているというのは、なかなかすごい話です。
しかも、このドルメンはもともとこの場所にあったものではなく、周辺の工事の際にいくつか集められたもの。
そして現在では「土地の氏神」として祭られている。
考古学的には弥生時代の墓であり、地域の人々にとっては今も大切な存在。
そう考えると、単なる「昔の石」とはちょっと違って見えてきます。
今回は残念ながら、肝心のドルメンを見ることはできませんでした。
看板だけを見て帰るという、なんとも微妙な結果に(笑)。
もし次に訪れる機会があれば、藪の中も含めてもう一度探してみたいところです。
なお、吹上町にはこのドルメン以外にも多くの遺跡や文化財が残っています。
中之里という土地自体も古く、歴史地名資料では中世の「伊作庄」に属する「中里名」の記録まで確認できます。
集落の中に何気なく残っている解説板。
その先にあったはずの「ドルメン」。
今回は見つけられませんでしたが、約2,000年前の墓がこの場所で大切にされてきたということだけでも、ちょっと気になる史跡でした。


コメント