鹿児島県南さつま市金峰町池辺。
この付近の集落の中に、ちょっと気になるものを見つけました。
小道沿いの壁のような場所に、古そうな墓石が大量に積み上げられています。
ぱっと見ただけでも50基ほどはありそう。
現代の墓石とは明らかに雰囲気が違い、古い時代のものに見えます。

近づいて見ると、ひとつひとつの石に文字が刻まれていますが、年代までは読み取れません。

最初は「昔のお墓をまとめて移動したものなのかな?」くらいに思っていましたが、帰ってからこの周辺について調べてみると、なかなか興味深いことが分かりました。
この池辺には、昔、太平山常珠寺という曹洞宗の寺がありました。
常珠寺は応永18年(1411)に開山された寺で、島津氏の分家である相州島津家の菩提寺だったそうです。
相州家初代・友久、二代・運久、そして三代・島津忠良(日新公)などに関係する墓塔もあり、現在も11基の石塔群が残されています。
つまり、このあたりは単なる普通の集落ではなく、かつて大きな寺院と墓所があった場所だったわけです。
常珠寺は、明治初期の廃仏毀釈によって破壊され、寺そのものは廃寺となりましたが、現在は寺跡と石塔群などが残されています。
興味深いのが常珠寺の仁王像で、明治初期の廃仏毀釈の際に土中へ捨てられ、その後、地区の人々によって掘り出され、現在の場所に立て直されたと伝えられています。
こうした話を知ってから改めて見ると、今回見つけた「墓石の壁」も、この石塔群が常珠寺に関係するものなのか。
あるいは、常珠寺周辺にあった別の墓地や石造物を後世にまとめたものなのか…
本格的に調べたわけでは無いので、そこまでは分かりませんでした。(関係性とか個人の憶測ということで…)
ただ、少なくともこの場所のすぐ近くに、かつて歴史ある寺院が存在し、現在も古い墓塔や石造物が残されていることは確かです。
何気なく集落の小道で見つけた「墓石の壁」。
こういう「何だこれ?」から始まる史跡探索は、やっぱり面白いです。
訪問日:2023年11月


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