南大隅町立 竹之浦小学校跡|小学校と中学校の跡が残る佐多の廃校

鹿児島県南大隅町の佐多地区にある「南大隅町立 竹之浦小学校跡」へ行ってきました。

佐多岬方面へ向かっている途中、竹之浦郵便局を過ぎたあたりから山側へ入っていくと、竹之浦小学校跡があります。

周囲には住宅もそれほど多くなく、山の中にひっそりと残る学校跡。

小学校は2013年に閉校していますが、訪れてみると校舎や体育館、記念碑などが残っていました。

そして、ちょっと気になったのが校門の門柱です。

校門に残る「竹之浦小学校」と「竹之浦中学校」

竹之浦小学校跡の校門、右側の門柱には「竹之浦小学校」、左側には「竹之浦中学校」と書かれた学校銘板がある。

右側の門柱には「竹之浦小学校」、そして左側には「竹之浦中学校」と書かれた学校銘板があります。

最初は「小中一貫校だったのかな?」と思ったのですが、調べてみると少し違いました。

竹之浦中学校は1992年(平成4年)に閉校。

一方、竹之浦小学校は2013年(平成25年)に閉校しています。

つまり、同じ場所に小学校と中学校が併設されていた時期があったものの、閉校した時期はかなり違っていたようです。

中学校は佐多町内の中学校統合によって閉校し、その20年以上後に小学校も閉校しています。

閉校記念碑の対比

竹之浦小学校の閉校記念碑

校舎の前には、かなり立派な竹之浦小学校の閉校記念碑が建っています。

竹之浦中学校跡地と刻まれた岩

そのすぐ横に「竹之浦中学校跡地」と刻まれた岩があります。

おそらく竹之浦中学校の跡を示す記念碑だと思いますが、こちらはかなり風化していて、文字も読み取りにくくなっています。

小学校の閉校記念碑が立派なのに対して、中学校側は岩に刻まれた文字がかなり年季入り。

記念碑格差かな?(笑)。

とはいえ、中学校がここに存在していたことを伝えるものとして、今も残されています。

校舎と体育館の間にはソテツ

竹之浦小学校の校舎と体育館

校舎と体育館は向かい合わせに建っています。

その間に植えられているのが、いかにも南国らしいソテツ。

佐多の学校跡をいくつか見て回っていると、ソテツが植えられている学校が多く、南の土地ならではの景色だなと感じます。

体育館の横へ回ってみると、そこにはさらに古い記念碑がありました。

創立100周年の記念碑

竹之浦小学校創立百周年記念碑と卒業記念制作と思われる人型オブジェ

体育館の裏手には「創立百周年記念碑」。

1979年(昭和54年)8月21日に建立されたもののようです。

その横には、卒業記念制作と思われる人型のオブジェもありました。

人型オブジェはこちらを向いて立ちションしている人に見えます(笑)

閉校後もきれいな芝生の校庭

竹之浦小学校跡の芝生敷きの校庭と国旗掲揚台
校庭は芝生敷き。

閉校してからしばらく経っているはずですが、草ぼうぼうという感じではなく、かなりきれいに保たれています。

現在どのような用途で使われているのか、訪問時には分かりませんでした。

ただ、校庭や建物の状態を見ると、完全に放置されているという感じでもありません。

実際、現在も南大隅町の資料では「旧竹之浦小学校校舎」が施設として掲載されており、避難施設としても指定されています。

校舎の中にはライフジャケット?

当たり前ですが、勝手に校舎の中へ入ることはできません。

なので、外から窓越しに中を覗いて見てみると、閉校時ののぼりが見え、ライフジャケットが大量に積まれていました。

外から見た校舎内。積まれたライフジャケット

整理整頓されているし、コミュニティセンターとかに使われているのかも知れません。

佐多の海沿いという土地柄を考えると、ライフジャケットがあるのも何となく納得。

ただ、今回確認した範囲では、現在の具体的な利用目的までは分かりませんでした。

なので、これはあくまで訪問時に見た光景として。

人の気配はないのに、完全な廃墟という感じがしないのがちょっと不思議な学校跡でした。

チャイムが鳴れば子供たちが飛び出してきそうな現役感もあります。

途中の通学路には廃屋も

通学路にあった蔦に覆われた廃屋

竹之浦小学校へ向かう途中には、こんな建物もありました。

蔦に覆われた廃屋です。

さらに正面から見ると、玄関まで蔦に覆われています。

蔦に覆われた廃屋の正面
玄関開くの?

何年も人が出入りした形跡がなさそうな雰囲気。

小学校へ向かう道にこうした建物が残っているのを見ると、この地域で暮らす人が少なくなってきたことも感じます。

児童数の減少によって閉校した学校ですが、学校だけでなく、その周辺の集落そのものも少しずつ姿を変えているのかもしれません。

竹之浦小学校とは

竹之浦小学校は、長い歴史を持つ学校でした。

2013年(平成25年)3月31日に閉校。

佐多地区にあった佐多、辺塚、大泊、竹之浦、郡、大中尾の6つの小学校が統合され、新しい佐多小学校となりました。

閉校前の1987年(昭和62年)には全校児童24名。

そして閉校時の最後の児童は、わずか4名だったそうです。

竹之浦中学校とは

竹之浦中学校は、旧佐多町立の中学校。

佐多町内には竹之浦中学校のほか、佐多中学校、大泊中学校、郡中学校、大中尾中学校、辺塚中学校などがありました。

これらの中学校は1992年(平成4年)に統合され、第一佐多中学校が新設されたことに伴って閉校しています。

そのため、竹之浦小学校の門柱に残る「竹之浦中学校」の銘板は、かつてこの場所が小中学校の学び舎だったことを今に伝えるものです。

かつて子どもたちが通った学校

竹之浦小学校は2013年に閉校しました。

最後の児童はわずか4人。

児童数の減少によって学校は閉じられましたが、校舎や体育館、記念碑、創立100周年記念碑などは今も残っています。

芝生の校庭も比較的きれいに保たれ、校舎の中にはライフジャケットまで見える。

人の姿はありませんでしたが、完全に時間が止まった廃墟という感じではありませんでした。

そして学校へ向かう途中には、蔦に覆われた廃屋。

佐多岬へ向かう途中、少し寄り道して見つけた竹之浦小学校跡は、小学校と中学校、二つの学校の痕跡が残る場所でした。

訪問日:2021年10月

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