長崎市の城山小学校の周囲に残る防空壕跡を見てきました。
城山小学校は現在も子どもたちが通う現役の小学校。
普段から廃校や使われなくなった学校跡を訪れることが多いけど、現役の小学校には興味がないため、今回は学校そのものを目的に訪れたわけではありません。
城山小学校に残る10か所の防空壕


城山小学校には、第二次世界大戦末期に10か所の防空壕が掘られ、空襲の際には子どもたちや近隣住民の避難場所として使われていました。
現在もその跡が学校周辺に残されています。
今回見たものの中には、入口をコンクリートで塞がれているものもありました。
一見すると、ただコンクリートの壁にしか見えません。
今も残る防空壕跡

こちらは入口が完全に塞がれているわけではなく、網が張られて中へ入れないようになっていました。
城山小学校に残る10か所の防空壕のうち、2か所は網越しに内部を見ることができる貴重な遺構として残されています。
もちろん現在は、勝手に中へ入ることはできません。
城山小学校と原爆

城山小学校は、かつての城山国民学校。
1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下されたとき、城山国民学校は爆心地から約500mという近距離にありました。
猛烈な熱線と爆風によって校舎は大きな被害を受け、多くの児童や教職員らが犠牲となりました。
現在の城山小学校には、被爆を免れた旧校舎の一部が残されており、「城山小学校平和祈念館」として保存・公開されています。
被爆した校舎そのものを利用した平和祈念館には、被爆直後の写真や遺品、当時の校舎模型などが展示されています。
寄らなかったことを後から後悔
実は今回、城山小学校には立ち寄っていません。
現役の小学校だったので、「今回はいいかな」と、その周辺に残る防空壕跡だけを見て終わりました。
ところが、後になって調べてみると、城山小学校の敷地内には被爆した旧城山国民学校の校舎が残されていて、そこが「城山小学校平和祈念館」として公開されていることを知りました。
これは完全に下調べ不足。
廃校や廃校跡なら迷わず寄っていたと思うのですが、現役の小学校というだけで今回はスルーしてしまいました。
知っていたら、ぜひ見ておきたかった場所です。
防空壕が伝えるもの
今回見ることができたのは、学校周辺に残る防空壕跡だけ。
コンクリートで塞がれたものや、網が張られているものなど、その姿はさまざまですが、どれもここが戦時中の避難場所だったことを今に伝えています。
そして城山小学校には、防空壕だけでなく、被爆校舎というさらに重要な戦争遺構も残されています。
今回は防空壕跡だけの訪問になってしまいましたが、次に長崎を訪れる機会があれば、今度は城山小学校平和祈念館もきちんと見てみたいと思います。
「現役の小学校だから」と通り過ぎてしまったのが、今回のちょっとした心残りでした。


コメント