鹿児島県姶良郡湧水町にある「幸田の棚田」へ行ってきました。
近くにある廃集落を訪ねる途中、道沿いに「幸田の棚田」の案内を見つけたので、ちょっと寄り道です。
山あいに広がる棚田ということで、のどかな田園風景を想像していましたが、実際に見てみると、普通の棚田とは少し違った特徴がありました。
日本の棚田百選に選ばれた「幸田の棚田」
幸田の棚田は、国見岳の麓に広がる幸田地区の棚田です。
「日本の棚田百選」に選ばれているほか、現在は「つなぐ棚田遺産」にも選定されています。
まず目に入ったのが、棚田の記念碑でした。

石碑には「日本の棚田百選」「幸田の棚田」と刻まれています。
この場所が、全国的にも知られた棚田だったことが分かります。
丸い石を積み上げた独特の棚田
幸田の棚田で特に目を引くのが、田んぼを囲む石積みです。

一つひとつの石を積み上げて造られた石垣は、どこか城跡の石垣を思わせるような雰囲気があります。
幸田の棚田の石積みは、江戸時代に城を造った石工によって築かれたものと伝えられています。
しかも、普通の石垣とは違い、上部が内側に反る「武者返し」のような構造になっているのが特徴。
そのため、幸田の棚田は「水田のお城」とも表現されることがあります。
何百年もの間、地震や台風、大雨にも耐えながら棚田を支えてきた石積みだと思うと、ただの農地ではなく、歴史的な土木遺産のようにも見えてきます。
現在も米が作られている棚田
この日は田植え後の時期だったようで、棚田には稲が植えられていました。

山あいの静かな場所に水田が広がり、非常にのどかな風景です。
幸田の棚田では、国見岳からの冷たい水と、昼夜の寒暖差のある気候を利用して米が作られています。
この環境によって、粘りと光沢のある米ができるそうです。
今回聞いたところでは、ここで作られているお米は「ヒノヒカリ」。
こうした山間部の棚田で、今も実際に米作りが続けられているというのも、この場所の魅力だと思います。

角度を変えて眺めると、石積みと水田が連なっているのがよく分かります。
派手な観光スポットではありませんが、昔ながらの山里の風景がそのまま残っているような場所です。
落ち武者や脱藩者の隠れ里だったという話も
幸田の棚田周辺について調べてみると、落ち武者や脱藩者が身を隠した「隠れ里」のような場所だったという話もあるようです。
山深い場所にある幸田地区の歴史を考えると、そうした伝承が残っているのも何となく分かる気がします。
ただし、今回確認できた湧水町などの公的な案内では、こうした伝承や具体的な出来事について詳しい説明は確認できませんでした。
そのため、ここでは詳しい内容については断定せず、「そうした伝承も残る地域」として紹介しておきます。
現在の幸田の棚田からは想像しにくいですが、静かな田園風景の裏側に、山間集落ならではの歴史が隠れているのかもしれません。
のどかな風景の中に残る歴史
今回の訪問は、近くの廃集落へ向かう途中にたまたま看板を見つけたことがきっかけでした。
最初は「日本の棚田百選に選ばれた棚田」というくらいの認識でしたが、実際に見てみると、丸い石を積み上げた独特の石垣が印象に残りました。
現在も田んぼとして使われているため、いわゆる「遺跡」とは違います。
それでも、江戸時代から続くとされる石積みが今も棚田を支え、そこで米が作られていることを考えると、幸田の棚田そのものが、この地域の歴史を現在まで伝えている場所なのだと思います。
近くを通る機会があれば、ぜひ立ち寄ってみて下さい。
2016年8月


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